ドラマティックは言いようだと思う
毎日をドラマティックに、とはよく聞くけれど実際の「毎日」なんて大したことはない。
朝いつもより早く起きられることなんて滅多に無いし、むしろギリギリまで寝たのにあまり寝覚めが良くなかったりする。
朝ごはんを作ろうにも食欲が湧かなくて、それでも詰め込もうと美味しいウインナーを焼くも、油に胃がウッときてしまう。しまった、茹でればよかった。
久しぶりに、中心部にマーガリンが仕込まれたロールパンを買っていたが、いざ焼いて食べて見ても、かつての感動は生まれない。たいてい記憶は都合良く色付けをして、編集をして、5年に1度くらいしか開かれないアルバムにしてしまう。
そのあとは、季節に無理やり付いて行こうと7分丈を着るも、アルバイト先まで自転車で来るには少し暑く汗をかいてしまう。アルバイト先まで来たのも、出勤ではなく、間が悪く2日前に借りてしまった新作のCDを返すためだ。
外に出て、いつもストックしている冷凍うどんや、あまり好きではないのに便利だからストックしてしまうしめじを2袋買う。石づきを取られたあとのしめじたちは、ジップロックでカチコチにされ、しばらく眠る。
太陽フレアがどうのこうの言っているSNSを眺めながら、気付いたら爆睡している。起きてみれば、雰囲気に任せて送られたLINEが、その雰囲気を1mmも感じさせないほどに<1時間前>の文字と共に静まりかえっている。
晩御飯は昼間のあんかけスープを温めなおし、簡単に作ったチャーハンをお茶碗で丸く成形しその上にトロトロとあんかけをかけていく。成形した手間をあざ笑うかのように、あんかけの重みがチャーハンを崩していく。崩れた場所を慰めるように、一口、また一口とスプーンを運ぶ。
とても今更だが、私は1日中1人でいることが苦手なのかもしれない。その日にあった全ての出来事が、全て自分のせいだと思ってしまうから。
などと考えながら、湯船に浸かり余分な汗を流し、これを出る頃には少し体が軽くなっていることを祈り、そんなエモーショナルな気持ちを無視するかのように喉がコカコーラを渇望する。
今日読んだ本:今夜、すべてのバーで
今日の気づき:案外買い出しをしなくてもうちには食料があるようだ