本の角はぶつけると痛い

本屋さんに行くたびに絶望する。図書館に行くたび、文字にのまれそうになる。

 

世界にはとても沢山の書物があって、人間は世の中に存在する全ての書物を読むことはできない。こうしているうちに次々と新しい本が出版され、流通し、巡ってゆく。

 

図書館の、本と本の間をゆっくりと歩いてみる。まず、素通りはできない。必ず、足を止めさせるような出会いがその都度ある。パラパラとめくり、借りようかな、いや今週は移動が多いから、ハードカバーは持ち歩けないかもしれない、などと考える。

 

好きな作家の本でさえ、全ての著作を網羅できていない。全てを知りたいと思いながら、ほかの作家に気が散ったり、読書をぱったりとやめてしまう時期だってある。

 

これから先、どれくらいの本を読めるだろうと考える。もしかしたら明日死ぬかもしれない、明日目が見えなくなるかもしれない。日常はいつ変わるか分からないのが常だ。そんなことを考えながら、シフトを干されてあまり潤沢ではない懐からつぎつぎと書籍を購入していく。

 

そういえば父も、よく本を買う人だった。小・中学生の時はよく土日に家族でショッピングモールに出掛けていたが、父は本屋さんに行くと必ず30分は動かない人だった。私はどちらかというと感覚で面白そうと思ったものを即決するタイプなので、先に洋服や雑貨を見た後、父の物色に10分ほど付き合うようなことをしていた。

 

母もまたよく本を読む人で、どちらかというと頻繁には買わず、昔から読んでいる沢山の本を何度も何度も読む姿を見ていた。母の枕元には、よくスティーブン・キングがあったのを今でもよく覚えている。

 

小学生の時、母と習い事の帰りに本屋さんへ寄った際に私は「漫画を買ってほしい」と頼んだ。母はその時、「漫画はダメよ〜、すぐに読み終わるじゃん。本なら良いよ。」と言った。漫画が読みたかった私は「そういうことじゃないんだよな」と思いながらも意地で何かを買ってもらおうと思った。その時偶然手に取ったのが、あさのあつこさんの『バッテリー』だった。

 

本は本当に面白いと思う。本がいつまでも残ってくれるように、作家が作家のままでいてくれるように、クリエイターがクリエイターでいてくれるように、私はただただ今日も本を買い続ける。

 

悲しいこと:先輩へのシャンパンを持ってき忘れました

今日聴いた曲:New ERA/Nulbarich