4.000円の飲み会を許すな

今日は朝から雨が降っていた。なんということだろう、お昼ごはんを母と食べに出かける以外、私は今日一日ずっと眠っていた。

 

特に寝不足でもないのだが、これがどうしてか家族といる時はとてもよく眠ってしまう。帰省の1日2日目などがまさにそれで、母の手伝いをしたり姉と出かければいいものを、ただただ寝て過ごしてしまうことがある。

 

昨日は両親ととっても美味しいお寿司を食べた。いつもの如く父とはエビスビールで乾杯したのだが、2杯しか飲んでいないというのに顔が火照っているのがとてもよく分かった。そして何故か、3杯飲んだ父でさえも帰り道とても調子よくご機嫌になっていた。

 

普段3.500円前後の、質が安い飲み会であおる10杯分のビールが、家族と交わす2杯のビールになるのだと思う。お酒を飲む時に、ここまで質が反映されるのかと初めて感じた。

 

私の家族はそこまでお酒が強くなくて、父と祖父はお酒が好きでそれなりに飲めるようになったが、めちゃくちゃ強い訳ではない、というタイプだ。私も、というより私だけその血を受け継ぎ、日々の飲み会に精を出し、たまに父と晩酌してはくすぐったい気分になる。

 

母はというとお酒を一口でも飲めばふだんのお調子者が高じるようで、焼肉屋さんでレモンを焼き出した時は、やれやれと笑ったものだ。

 

お酒は別に飲まなくても生きていける。今日は久しぶりにケーキを食べたのだが、ケーキはとても美味しいし二日酔いなんてない。ましてお寿司は幸せと感動しかもたらさない。

 

なんて言いつつ、今日もまた、飲み会に行ってきます。知らない人が沢山いる飲み会なので少し憂鬱なのですが、なんとかできたら良いなと思っています。なんとかできなかったら、明日は祖母に会うので、笑って元気をもらおうと思います。

 

今日:とてもおいしいお好み焼きとおむすびを食べました

明日:ねこをモフモフモフモフモフモフします

ゼミの教授に絶望した話

平日もいいところの月曜日、ゼミのOBとゼミ教授、同期と飲み会をしてきた。ゼミのメンバーはとてもシャイなので飲み会は久しぶりだった。

 

私の教授はとても最高な人なので、ガラス張りでお酒がたくさん並ぶお洒落なイタリアンに連れて行っても、となりの声が筒抜けの居酒屋に連れて行っても、どこでもよく通る声で文学談義をする。

 

それは周りの人間からすると少しギョッとしてしまうくらい堅苦しくて、身内は話していて楽しいのだが<空気は読めていない>とよく思う。大学教授というのはある程度そういうものだという認識はあるため、特に期待はしていないのだが。

 

ふだんは「道に迷っていたおばあさんを助けていたんですよ〜」なんてニヤニヤ言いながら平気で遅刻をするような人で、また別の時には「うちの犬の可愛いお尻を見てください」とポメラニアンのプリプリのお尻写真を送りつけてくるような、お茶目な一面もある。

 

だが、月曜日に改めて、この人はとても頭が良いのだと思った。知識量が違う、その知識を自分で噛み砕き伝えられる経験が違う、着眼点が違う、何から何まで、やはりこの人は教授になるべくしてなったのだと思った。

 

「見えている世界が違う」という言葉がある。様々なシチュエーションで使われるが、私はこれを今自分と教授の間に強く感じている。

 

私が自分の知識・経験によって語りうる世界は、ある一定の角度のみから見られるものでありとても一面的であると思う。一方教授は様々な知識・経験を持ち、私と同じものを見てもどう切り取るか・どこから見るかなどのカードが多い。またある現象を一つの思想として捉えることができたり、言葉として表現することができる。

 

あまりうまい例えではないけれど、私は虹が7色にしか見えないのに対し教授には30色に見えて、かつそれにどんな意義があるのかを説明できるようなイメージなのだ。この例えの中では、虹の色がより多い方が学があるとすると。

 

ふだんは「二日酔いの日はレモンティーだわ〜」くらいしか言わないブログだというのになぜこんなしょうもない話をタラタラとしているのかというと、それくらい、自分の無学にショックを受けたのである。無知の知を何回も突きつけられる。

 

せめてゼミのOBに次ぐ、ゼミ生の中での勉強家になりたいと思いながら、私は買ったばかりのバッグに哲学用語辞典を詰めて出かけたのであった。

 

にしても、二日酔いにはやっぱレモンティーだわ〜。

 

今日:両親ととてもおいしいお寿司を頂きました

明日:たぶん美味しいお好み焼きを食べます

ブログ辞めてません

旅行中でもなかったというのに、めちゃくちゃ更新を滞らせてしまいました。みなさん、お元気ですか。私は元気が無かったため、更新ができませんでした。

 

私はふだん3つのぬいぐるみと寝ていて、これは自身のブランディングとしての狙いがあるわけでもなく、単純に虚しい女子大学生として捉えてほしいのだが、とにかく寝る時のスタメンぬいぐるみとして3体が存在する。

 

ひとつめ、ゆめた。猿の1メートルほどある抱き枕で、ショッピングモールの無害そうな1階の雑貨屋さん売り場でウサギやクマと共によく並べられている。この子は中学2年生くらいの時に誕生日プレゼントとして家族から貰ったもので、とても大はしゃぎしたのを覚えている。

 

因みに名前の由来は、購入された場所の「ゆめタウン」からつけられている。姉が共に寝ている種類違いの鳥の抱き枕の名前は「ジョン」である。これには特に意味がない。

 

続いて、オラフ。これはスヌーピーの兄弟のひとりで、丸っこいわがままボディと定まらない焦点が何とも愛らしい子だ。小さめの、普通のぬいぐるみなので枕元で一緒に眠ることが多い。下手に抱いて綿がクタクタになったらいやだ、というのは既にクタクタなゆめたから学んだことだ。

 

そしてマナちゃん。先日沖縄に行った際、高まったテンションのまま美ら海水族館から連れて帰ってしまった。ねむたんマナティというぬいぐるみで、常にスヤァ…と眠っている、ばつぐんに肌触りの良いプリップリの新人である。

 

私は結構ぬいぐるみに感情移入する方で、朝起きた時に彼らがベットから転げ落ちていたら「あぁ〜ごめんねぇ〜寒いねぇ〜」と言いながら抱きしめるクセがある(何度も言うが虚しい女子大学生であることは承知している)。

 

ところが最近マナちゃんが増えたことにより、どうしても朝になると床でマナちゃんとオラフが討ち死んでいたり、誰一人としてベッド上に生き残っていなかったりするようになった。

 

これではいけないと、寝る前にしっかり布団に入れてあげたり、頭上にマナちゃんを配置したり…など試行錯誤している間に、疲れてしまった。うまく眠れない日があった。

 

そんなわけで、寝相が最悪レベルまで悪くなり殆ど布団がかかっていない状態で目を覚ました朝、私は風邪をひいていた。喉が痛い、体がとにかくゾワゾワする、気持ち悪い。やっちまった…そう思いながら、早く治るといいなと思ってとくべつにお寿司を食べたりしたのだが、余計治らず数日間引きずってしまった。

 

濃いい紅茶にはちみつをたっぷり入れたものをここ数日しつこいくらい1日に何度も飲んだので、おかげさまで喉の痛みも殆どひきました。予定があったのにキャンセルした方、申し訳ありません。また遊んでね。

 

まさかぬいぐるみにうなされる日が来るとは思いませんでした。しばらく彼らには、ソファで楽しく眠ってもらうようにします。

 

今日:とりもちのUFOキャッチャーをします

決意:フィンランドに行くことを決意しました

飲んで飲んで飲まれて飲んで

これまで何度もお酒で失敗してきた。謎に後輩を叱ったり(ほんとうにウザい)、記憶を無くして翌朝カバンの中を見るとミネラルウォーターが3本入っていたり、セブンイレブンの隅っこに体育座りしたり。ああ、ほんとうに情けないと思いながら、何度も何度も、もうお酒はやめようと思いながらまた失敗してしまう。

 

お酒は怖いもので、油断しているときに飲み過ぎてしまう。今日は大丈夫だろなんて思っていたら、あっという間に記憶を無くしてしまう。

 

今日はお昼前に起きたのだが、何か違和感があった。おかしいな…と思っていたが、入っていた連絡を聞いて納得した。飲んでいるときに、覚えてはいないのだがコケたらしい。

 

どうりで足首が痛いわけだ…と思いつつ、ああ、きもちわる…と思いつつ、なんとか歯を食いしばって起きて、先輩の演劇を観に行ってきた。

 

テーマが重いのに、マトモな人は出てこないのに、それでもいやな感情が全く残らない、不思議な感覚に陥る舞台だった。笑えるところも多くて、ああ、やっぱり体に鞭打ってきて良かった…などと考えていた。

 

二日酔いの日は、なぜかレモンティーを飲みたくなる。なぜかは分からないけれど、レモンティーの1リットル紙パックを買って、思いっきりストローで飲んでやるのが最高に気持ちいいのだ。

 

うかうかしていると、11月も半分を過ぎてしまう。二日酔いに苦しんでいる暇はない。そうだ、卒論も進めないと…。講座も、来月で終わってしまう。どんどん変わっていく環境に一喜一憂していられる余裕があるかは分からないが、できるだけ毎日笑っていたいと思う。

 

昨日焼き鳥屋さんで食べたレバーが美味しすぎて忘れられません。社会人になってからも通いたいお店なので、今日の気持ちを忘れぬようここに記しておきます。

 

今日:はい、二日酔いです

嬉しいこと:ユニクロで手触りのいいニットを買いました

本の角はぶつけると痛い

本屋さんに行くたびに絶望する。図書館に行くたび、文字にのまれそうになる。

 

世界にはとても沢山の書物があって、人間は世の中に存在する全ての書物を読むことはできない。こうしているうちに次々と新しい本が出版され、流通し、巡ってゆく。

 

図書館の、本と本の間をゆっくりと歩いてみる。まず、素通りはできない。必ず、足を止めさせるような出会いがその都度ある。パラパラとめくり、借りようかな、いや今週は移動が多いから、ハードカバーは持ち歩けないかもしれない、などと考える。

 

好きな作家の本でさえ、全ての著作を網羅できていない。全てを知りたいと思いながら、ほかの作家に気が散ったり、読書をぱったりとやめてしまう時期だってある。

 

これから先、どれくらいの本を読めるだろうと考える。もしかしたら明日死ぬかもしれない、明日目が見えなくなるかもしれない。日常はいつ変わるか分からないのが常だ。そんなことを考えながら、シフトを干されてあまり潤沢ではない懐からつぎつぎと書籍を購入していく。

 

そういえば父も、よく本を買う人だった。小・中学生の時はよく土日に家族でショッピングモールに出掛けていたが、父は本屋さんに行くと必ず30分は動かない人だった。私はどちらかというと感覚で面白そうと思ったものを即決するタイプなので、先に洋服や雑貨を見た後、父の物色に10分ほど付き合うようなことをしていた。

 

母もまたよく本を読む人で、どちらかというと頻繁には買わず、昔から読んでいる沢山の本を何度も何度も読む姿を見ていた。母の枕元には、よくスティーブン・キングがあったのを今でもよく覚えている。

 

小学生の時、母と習い事の帰りに本屋さんへ寄った際に私は「漫画を買ってほしい」と頼んだ。母はその時、「漫画はダメよ〜、すぐに読み終わるじゃん。本なら良いよ。」と言った。漫画が読みたかった私は「そういうことじゃないんだよな」と思いながらも意地で何かを買ってもらおうと思った。その時偶然手に取ったのが、あさのあつこさんの『バッテリー』だった。

 

本は本当に面白いと思う。本がいつまでも残ってくれるように、作家が作家のままでいてくれるように、クリエイターがクリエイターでいてくれるように、私はただただ今日も本を買い続ける。

 

悲しいこと:先輩へのシャンパンを持ってき忘れました

今日聴いた曲:New ERA/Nulbarich

とても辛いペヤング

このブログの読者には、きっとYouTuberに憧れる人もいるだろうから、YouTubeの話をしておこう。

 

YouTubeでは日々、新製品の紹介がとにかく盛んにされている。それは例えばお菓子、ごはん、飲食店のメニュー、電化製品など多岐に渡る。

 

ここのところは、もっと辛いペヤング、というものが多くのYouTuberによって紹介されていた。辛いものというのは、リアクションが明快に激しくできるため、取り上げられやすいのだなと思う。いやだなこういう視聴者。

 

そして、私も今日その辛いペヤングを買ってみた。どうしても食べてみたくなったのだ。ファミリーマートに向かい、最近接客がこなれてきた男の子のレジでお会計をしてもらい、お風呂に入ってからわくわくしながら食べた。

 

むっっっっっっちゃ辛い。いや、辛い。たしかにギリギリ旨味があるくらいなのだが、とにかく辛い。食道、あ〜〜〜食道、ここですか〜〜〜!ってなるような熱さ。でも食べたい、でも辛い、いや、つらい、からい、食べたい、あ〜〜〜!となる。

 

23時にバイトから帰ってきて、なぜこんなに辛味に苦しんでいるのか自分でもあまり理解できない。だが、今日はやらなければならない課題があるので、辛味が引くまで…と起きる原動力になるはずだ。というより、どうか課題が終わるまでにこの熱さが引いてくれ…と祈る気持ち。からい。

 

明日から寒くなるらしい、と後輩が言っていました。なんだかんだで20度くらいの日々に甘んじていたので、油断せず、ぬくぬく過ごしたいと思います。先日頼んだ通販の洋服は一点だけ品切れていたせいで発送が遅れていたそうです。理由がわかれば、人間待てるものです。はい、終わります。

 

今日:ミスドを久々に買いました

明日:先輩にシャンパンを差し上げるのを忘れないようにする

仕事が無くて、家にいた

キャッチコピーとは共感の凝縮である。驚きの巣窟である。納得の嵐である。なんて偉そうな、と思われるかもしれないが、実際コピーは偉いと思う。

 

「有給取って、家にいた。」というコピーがある。私はコピーに関して不勉強な方で、有名なコピーライターの名前は覚えていない、CMを熱心に見てきたわけでもない、写経ならぬ写コピーも頓挫してしまっている、という有様なのだが、時々なぜか頭に残り続けるコピーがあって、いつまでも覚えている。

 

本来有給とは、たとえばどうしても親戚の結婚式があるだとか、実家の様子を見に帰りたいから取得するだとか、そういう例外的な日に使われるものだと思う。日本の有給取得率が他国に比べて低いのは、「いつ必要になるか分からないから」という思いが起因しているのではないか、といつかの新聞に書いてあった。

 

先に挙げたコピーがとても効いているなと思う点は、暗黙の了解をうまくついているところだと思う。本来みんな休みの日は何もしたくない。ただただぼーっとしながら適当に宅配弁当を頼んで、ずっと読めていなかった本をめくっているうちに眠るのが最高なのだ。

 

有給取った!バリバリいくぜ!さあ!何から始める!?的なテンションは必要ない。何もしなくていい。その結果が有給取って、家にいた。となるのがとても気持ち良いと思う。

 

今日は住んでいるマンションの消防点検があった。いつも最上階から点検は始まるので、最上階から1つ下の階に住んでいる私は今か今かとねむい目をこすって待っていた。

 

待っていたとは言うけれど、パジャマから着替えることなく、ただ布団にくるまっていただけだ。パジャマ姿で出た瞬間、少し大家さんに引かれた気がする。あれ、4年目なのにまだそういう距離感なのか、と反省した。

 

大学の講義のレジュメの整理をした。引っ越す際に持って行きたいと思うようなもののみ残し、残りは思い切って処分した。来月は解体した本棚を大型ごみに出す。溜まりに溜まっていた段ボールは昨日まとめて捨ててしまった。

 

そろそろ別れの季節がやってくる。もちろんその前に慌ただしい年末年始、学問の納めどき、新たな出会い、色々あるのだろうが、どうも少し寂しい気持ちになってしまう。

 

そうか、冬が来たのだ。これから、春の待ち遠しい時間が始まる。

 

今日:しっかり掃除が出来てすっきり

最近の美味しいもの:ハーゲンダッツのほうじ茶